未来を見つめて・・・
42歳で乳がん告知(Stage II-b)。米国シアトル在住のサラリーウーマンが、乳がんと闘う記録。





2010.12.31 普通のこと


今年の初めにまさか自分が今こんな状況にいるなんて想像もつかなかった。

今までも日記らしき事を続けてきて、いつも年末に自分の日記を読み返して1年を振り返っていた。
毎年何かの目標を掲げて新年をスタートし、それを全て達成できたことは多分1度もない。(苦笑)
でも、だいたい一年を振り返って、毎年「今年もまぁまぁ良い一年だった」と思えた。

今までの私は、本当にある意味恵まれていたと思う。
今だから、余計にそう思うのかもしれない。

21歳の時にアメリカに来て、自分のやりたいと思うことをやり、人に出来ないといわれればムキになって「やってやる!」と、とにかくがむしゃらに今まで進んできた。
今までの人生で挫折が全くなかったわけじゃない。
でも、くじけてもつまづいても、何とかなると思っていたし、実際に何とかなっていた。
くじけたり弱っているときには、誰かが手を差し伸べてサポートしてくれた。
だから自分の気持ちに正直にぶつかっていけば、最後には良い結果が付いてくる・・・と信じていた。


2010年はこんな私のCOREな部分を叩き壊された。

年明けから半年間は例年のごとく仕事の資格試験のための勉強に追われ、6月までとにかく忙しい日々を過ごした。
試験が終わりほっとした頃に、胸のしこりを発見した。

試験当日に大失敗して、結局結果は不合格。
その結果が出たのが8月半ばだった。

でも、その時も「運を使うならこんな試験のために使うより、検査の結果に運を使いたい」と思い、『良性』を疑わなかった。

そして、試験の結果が出た数日後、乳がんの告知を受けた。

初めて自分の力だけではどうにもならない状況に立たされた気がした。
手術後の痛みにも耐えたし、抗がん剤の副作用にも何とか対処をして、出来る限り普通の生活をしている。

もちろん家族や友人たちの助けや思いやりにも支えられた。
1人だったら・・・どうしてたんだろう。
本当に感謝してもしきれない思いでいっぱい。
ここでブログを始めて、コメントを下さった方たちにも本当に助けられた。
改めて、読んでくださった方々、励ましのコメントを下さった皆さん、ありがとうございました!


そして今は、本当によく頑張ったね・・・って自分を褒めてあげたい。


でも、これからどうなるのかは・・・神のみぞ知る。
病気に負けたくないけれど、自分では結果をコントロールすることが出来ない。
どんなに頑張っても、ガンを私の世界から消してしまうことは、もう一生出来ないのかもしれない。

今私が欲しいのは、普通の生活。

大金持ちにならなくても、出世なんてしなくてもいいから、穏やかな普通の生活が出来ればいい。

薬を飲まずに、美味しいものを食べて美味しいと感じることができ、満足できる仕事があって、健康な家族がいる。

そんな、普通の生活。


本当に散々な1年だった、2010年がもうすぐ終わろうとして、ちょっとホッとしている。

来年は、普通 の年にしたい。

そして、来年の大晦日に1年を振り返った時、まぁまぁ良い一年だったね・・・って思いたい。
No.37 / つぶやき / Comment*11 // PageTop


2011.01.20 3歳の乳がんサバイバー


3歳で乳がんサバイバーになったという記事をネットで見つけて驚いた。

http://today.msnbc.msn.com/id/41161182/ns/today-today_health/

要約するとこんな感じ:

カナダのオンタリオに住むアリーシャちゃんは2歳のときに乳がんであることが分かった。
お母さんが左胸にしこりがあるのを見つけて病院に連れて行き検査をした結果、とても稀なケースの小児乳がんであることが分かり、左胸の乳腺と乳首を含む全摘(radical modified mastectomy)をして腋の下のリンパも郭清した。
幸いアリーシャちゃんの癌のタイプは進行も遅いタイプだったらしい。
リンパに転移があったかどうか、また術後にどんな治療を受けたのかは書かれていない。

しこりが大きくなるにつれ細胞組織が引っ張られて胸の痛みがひどくなり、アリーシャちゃんは手術をするまで食事も取れなくなったり眠れない日が続いたと言う。

今は元気になって楽しく保育園に通ってるらしい。
ドクターの話では予後も良いと言っている。

インタビューを受けながら一緒に入院もしたお気に入りの『クマ』という名前のクマのぬいぐるみを見せてる笑顔がとっても無邪気で可愛い。

アリーシャちゃんがもっと大きくなったらいずれは再建手術をすることになる。

アリーシャちゃんのお母さんはこういう稀な小児乳がんがあるということを知ってもらう為に、そしてアリーシャちゃんが入院中に出会った病気と闘っている子供たちのためにインタビューを受けることにしたという。


この記事を読んで、本当にいたたまれない気持ちになった。

これからアリーシャちゃんが成長して思春期を向かえた時に精神的にも身体的にもどんな障害があるのか?
大人の私だって乳房を全摘するのには躊躇したし、今だって自分の姿を鏡で見るとやっぱり悲しくなる。
それを3歳で乳がんの手術を受けて、これから一生「乳がん患者」ということを考えなければいけないなんて・・・人生は本当に不公平だと思う。
リンパ郭清もしているわけだから、リンパ浮腫のリスクもある。
今はまだ4歳のアリーシャちゃんにそんなことを説明しても分からないのかもしれないけど、これからずっと再発やリンパ浮腫の心配をしなければいけないご両親も本当に大変だと思う。

もちろん再建手術をすれば乳房は作れるけれど、前例も少ないアリーシャちゃんのようなケースはいつ再建手術をするのか、どのような方法でするのか・・・思春期で他にも悩み事が沢山ある時にそんなことを考えなければならないアリーシャちゃんと家族の気持ちを思うと、本当にやるせない。
育ち盛りのティーンエイジャーになった時に、急に大人のサイズの乳房を再建するわけにもいかないだろうし、周りから変な目で見られることもあるかもしれない。
学校でプールの時間があったらどうするんだろう?とか、赤の他人の私が考えるのは余計なおせっかいなんだけど、そんなコトまで心配になってしまった。

アリーシャちゃんがこれからもず~~~っと元気でいられますよーに。


私も手術前に検査を受けている時や、手術直後に痛みがあった時は自分はなんて可哀想なんだ~と思ったりもした。
抗がん剤治療を始めてからも、しんどい時には「Why ME?」となんで自分ばっかりこんなに辛い思いをしなきゃいけないだ・・・って悔しくて涙が出てきたこともあった。

この記事を読んで、まだまだ自分は甘いなぁ~と思った。

私も来週にはまた抗がん剤投与がある。
病院に行くのはイヤだなんて駄々こねないで(笑)アリーシャちゃんに負けないように、私も頑張らなきゃ。


No.41 / つぶやき / Comment*10 // PageTop


2011.01.24 新年会


投与から2週間たってやっと味覚も戻ってきたし調子も良くなってきた。
先週は2回、ジムにも行けた!

と思ったらまた来週は投与日なんだけど。

でも調子がよい時に出かけておかなきゃ・・・と、ちょっと遅い新年会へ行って来た。
仕事を持つ日本人・日系人の女性のネットワークのグループで、年齢は30代から60代まで様々なバックグラウンドの女性の集まりで、日曜日のランチに日本食レストランを貸しきっての新年会だった。
去年は色々あったんで(苦笑)この会が主催のイベントにも殆ど参加できなかった。
ハゲになってから会社以外で全く私の状況を知らない人ばかりの集まりに参加するのは初めてのコト。
まぁ週末だから帽子でもいいかな~と思ったんだけど、一応日本人が殆どの会なのでウィッグを付けて参加。(苦笑)
こういう所を気にしちゃうのって、何か自分でも不思議。
でも帽子で行くのもなぁ~とつい気になってしまった。

同じテーブルで話しをしていた人の中の1人(K美さん)が、最近子宮頸がんが見つかって手術をしたばかりでまだ完璧に復活していないという話しをしてきてたので、私もその場にいた人にだけプチ・カミングアウトしてみた。
今抗がん剤治療中とか詳しいことまでは話さなかったけど、K美さんと「みんなも検査はきちんと受けてね~」とまるでピンクリボンの回し者のように宣伝してきた。(笑)

でも美味しい日本食を食べて、久しぶりに日本語でおしゃべりして楽しかった。


夜はRの同僚さん夫婦とお食事へ。
食べ過ぎだってばっ!
しかも同僚さん夫婦の希望でめっちゃアメリカンなレストランで会うことになり、ハンバーガー半分でギブアップ。
って、だったら  なんて頼まなきゃいいのに>自分


状況を知っている友人だと相手にも気を使わせちゃうし、つい私の病気の話になっちゃうから、久しぶりに病気の事をちょっと忘れて、病気以外の話しで盛り上がったり出来るのってやっぱりいいな~と思えた。

少しずつ、健康だった時の生活が戻りつつあるのかも。

Comfort Zoneから一歩外に出てみると、何か新しい事が見つかるような気がする。

ハゲちょびんの間は色々と気を使わなきゃいけない事もあるけれど、体調が良い時にはこれからはもっと積極的に外に出てみようかな。




No.42 / つぶやき / Comment*6 // PageTop


2011.03.10 ひねくれ者な私


先週末のこと。

体調も良くなったし夫も3週間の出張中なので、ご無沙汰していた友達と連絡を取って週末2日連続でランチに出かけた。

土曜の午後は大学院の時の友人Dちゃん。

いつも自分の事を話したがるDちゃんと会うのはなんだか最初から気が進まなかった。
悪気がないのは分かってるんだけどね。
なんだかなぁ~と思うことを言われて、ちょっと凹んだ。

気にしても仕方ないので聞き流したけど、食事をしながら「ドタキャンすれば良かった・・・」と思ってしまった。(苦笑)

例えば、

話しながら何度も何度も髪の毛を触り、「今の髪型気に入らないのよね~。ほら、前髪が中途半端な長さで目にかかるし、邪魔くさいでしょ?どう思う?」とか。

もちろん、彼女は私が抗がん剤をやって、その日だってウィッグをしてるのを知っている。

「う~ん、私の髪型よりずっと良いと思うよ。だって、ほら、私ハゲだから!」とでも言ってもらいたかったのか?
私の気にしすぎ?

他にも、マスカラをつけた睫毛をパチパチさせながら私の方をじっと見て、

「睫毛残ってるんだね?」とか。

「私の知り合いの人はChemoをやって睫毛も眉毛も全部抜けたって言ってたよ。」と言うので、抗がん剤への反応は人によって様々だし、投与をした回数や使った薬によって副作用の症状も違うからと言ってみたけど、なんだかなぁ~。
反論するのもめんどくさいから、後はその「知り合い」がどんなにmiserableだったかを聞いてるふりしてた。

ホルモン療法のことも少し聞かれたんだけど、面倒だからホトフラとか更年期症状については触れず(どんな返事が返ってくるのか聞きたくなかった)副作用といったらむくみとかあるけど抗がん剤に比べたら大したことないよ・・・と言っておいた。

大学院の頃はなぜか私を慕ってきて、グループプロジェクトとかもいつも助けてあげたのに、なんだか私が病気をして方胸を失い頭はハゲになっちゃったから、彼女は『勝ち組』で私が『負け組』なのよ~と言われてるような気がした。

ってか、命に関わることだから他人との勝ち負けは関係ないんだけど、被害妄想でそんな風に感じてしまった。

マジで、ドタキャンするべきだったね。

気にしすぎかな?
私がひねくれてるのかな?

あー楽しくもないランチに無駄遣いしちまったな。


日曜日は元同僚でBest FriendのTとちょっと早めにディナーに行った。

Best Friendと言っても、彼女は3人の子持ち+ハーフタイムで仕事も続けているし、私も仕事で忙しかったりして電話はメールでは連絡してるけど会えるのは数ヶ月に一回くらい。

お互いの誕生日祝いをいつもしてるんだけど、先月の彼女の誕生日がちょうど私が抗がん剤投与を受けた直後だったので何も出来ず、今になってしまった。

Tは手術の日も入院しないから来なくていいよって言ったのに、Rに連絡をして病院まで来てくれて私が目が覚めた時に部屋にいてくれた。
告知をされてから一週間後くらいに電話で報告したら、「私に出来ることがあったら何でもするから」と言ってくれて、ウィッグを買いに行くときも一緒に来てくれた。
その時も、子供達を旦那さんに任せて忙しい中付き合ってくれてありがと。と言ったら、「一緒に来て欲しいって言ってくれて嬉しかった」と言ってくれた。

彼女が一緒に選んでくれたウィッグを着けて出かけた。

ウィッグをしている私を見て、「もう髪の毛が伸びたのかと思うくらい、全然(ウィッグだと)分からない。似合ってるよ~」と言ってくれた。

「で、ちょっとは伸びてきた?」と聞かれ

「いや、まだ全然。頭のてっぺんが光ってるよ」と2人で爆笑した。(^^)

短い時間だったけど、Tのお陰で前日の嫌な気持ちがすっ飛んでいった。


病気になってから周りの人に可哀想って思われたくなかった。
だからつい強がってしまうのかもしれない。
でも本当に気持ちが許せる相手にはもっと甘えても良いのかなってやっと思えるようになった気がする。

これからは、自分の気持ちがポジティブになれる友人を大切にしていこう。
そして自分の気持ちがになる付き合いは、上手くかわしていかなきゃ・・と学んだ週末だった。


No.49 / つぶやき / Comment*0 // PageTop


2011.03.16 生かされているという事


こちらでも日本のNHKのニュースが見られるので、震災のニュースはリアルに入ってくる。
毎日TVの画像を見ながら胸が痛み、言葉が出ない。
幸い自分の家族は無事で、さらに私は遠く離れた所にいて何もできないのがすごく歯がゆい・・・。

前回の記事につまらない事で愚痴を言っていた自分が恥ずかしくなった。


そして被災地にいる方、そのお世話をしていらっしゃる方々の姿を見て、日本人の思いやりの心などを垣間見た気がする。

我慢強い日本人。
助け合う日本人。
努力を惜しまない日本人。
他人を思いやる気持ちを忘れない日本人。

そんな当たり前の事が、日本を離れているとすごく新鮮に見えてくる。
そして自分が日本人であることを誇りに思います。

我慢っていう言葉に当てはまる英語の単語は存在しない。
しいて言うなら、perseveranceかな。
俳優のタケイジョージさん(Star Trekの俳優さん)が我慢は "to endure with dignity and fortitude"という意味だって言っていたのを聞いたアメリカ人の友人が感動していた。
とても良い言葉を学んだって。


避難所でおにぎりが配られるのを、1人1つずつ「ありがとうございます」と言いながら受け取って大事そうにおにぎりを一口ずつ食べている人達。

津波に襲われた時の状況を目に涙を溜めながら話す被害者の方。

救助されたご年配の方が「娘も波に飲まれて・・・まだ見つからないんです」と言っていた。
その娘さんは、きっと私とそんなに年も変わらないかもしれない。

そんな被災者の様子を見ながら、自分が生かされている意味ってあるのかもしれないと思った。


病気が分かった時、「何で私がこんな目に合わなきゃいけないの?」と嘆いた。
抗がん剤の副作用で苦しかったときも、泣きながらもう止めたい、こんなしんどい思いをしながら生きてたって仕方ないなんて泣き言を言ったこともあった。

被災者の方々、家族を失った人達もそんな風に思っているかもしれない。

それでも、手術そしてキモセラピーと最悪の状況を乗り越えて、まだ生きている。

出来ることならこんな経験はしたくなかったけど、せっかく生きるチャンスをもらったんだから無駄にしないように生きたい。
何が出来るのかは分からないし、いつまで生きられるのかは誰にも分からないけど、とにかく自分の出来ること、やりたい事をやり尽くさなきゃもったいない。
自分に与えられた命を無駄にしないように、そして後悔しないように、これからは目一杯生きなきゃって思う。

避難所での生活を強いられている方達は、まだまだこれからも色んなトラブルが出てくると思う。
今はまだ先のことなんて考える余裕はないかもしれない。
だけど、負けないで欲しいと心から思う。
生きるチャンスをもらったんだから、みんなで協力して、頑張って欲しい。
明けない夜はないから・・・。


亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、少しでも早く皆様に普通に日常が戻ることを願っています。


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No.50 / つぶやき / Comment*4 // PageTop


Profile

ミライ

Author:ミライ
横浜出身
アメリカシアトル在住

■ 2010年8月
42歳で浸潤性乳管がん Stage IIbとの診断を受ける。
タイプ:ER(+) PR(+) HER2(-)

■ 2010年10月
右乳房全摘手術

■ 2010年11月~2011年2月
Chemo Therapy(TC療法)

■ 2011年02月~現在
ホルモン治療中

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