未来を見つめて・・・
42歳で乳がん告知(Stage II-b)。米国シアトル在住のサラリーウーマンが、乳がんと闘う記録。





2010.11.07 告知


去年ドクターに年に一回のチェックに行った時に、40過ぎたので時間があるときにマンモグラフィーを受けた方がいいですよと言われていた。

その時はドクターに触診してもらって何も異常はなかったし、「あなたは家族も癌家系じゃないし、ハイリスクではないから急ぐ必要はないわよ」とドクターからマンモグラフィーが出来るセンターの電話番号が書いてあるしおりをもらった。

電話して予約を取らなきゃと思いつつ、つい忙しく電話できずにいた。

右胸のしこりに気がついたのは7月の終わり頃。
ドクターからもらったしおりはずっと手帳の中に入っていたので、すぐにマンモグラフィーの予約を取った。


7月28日(W) 生まれてはじめてのマンモグラフィー

感想:痛かった(TT)

家に帰って鏡をみたら、胸のの皮膚が引っ張られたせいで、鎖骨の下から胸のくびれの辺り(私の場合ほとんどくびれはないんだけど・笑)まで日焼けしたみたいに真っ赤になっていた。

ナースにしこりがある事も伝えたので、もう一度予約を取って次はウルトラサウンド(日本語ではエコーって言うのかな?)を使って検査してみましょうと言われた。


8月18日(W) ウルトラサウンド

マンモの日には年1度のroutine checkとして保険に申請するために、マンモを受けた日に同時にウルトラサウンド(日本語ではエコーって言うのかな?)を受けることは出来ず、また予約を取り直すはめになる。

こういう所がアメリカの保険制度って面倒だな~と思った。

結局予約が取れたのは3週間後。

この日はなぜかR(夫)も一緒について来てくれた。虫の知らせがあったのかな?
診察台に横になりながらもモニターの画面が見えて、しこりの場所はすぐに見つかった。
Technicianが画像をセーブしたりしこりの大きさを測ったりする度にピコピコと音がした。
画面で見るとしこりはものすごく大きく見えた。

ウルトラサウンドの検査室には診察台のすぐ横にもう1つ椅子が置いてあって、Rはそこに座って画面を見ていた。

そっか、普通はここでウルトラサウンドの検査をするのは妊婦さんなんだよね。
だからもう1つ椅子がすぐ隣に置いてあるんだ・・・。

子供がいない私の初めてのウルトラサウンド体験は乳がん検査。
そう思ったら何だか自分がすごく可哀想に思えて悲しくなった。

この時点でもまさか自分が乳がんなんてありえないと信じきっていた。

ドクターから念のためバイオプシーで細胞を取って調べてみましょうと言われ、初めて悪性の可能性があるんだと思ったら、急に怖くなった。
Cyst(乳腺のう胞)でない事は確からしい。

ドクターもナースも私達に分かりやすいように画像から読み取れる可能性とバイオプシーの手順などを丁寧に説明してくれた。
Rが一緒について来てくれて良かった・・・。
1人だったらきっと気が動転しちゃってドクターやナースが言ってることなんて耳に入らなかったかもしれない。

バイオプシーの予約とその後のfollow-upの予約を取って帰宅。


8月23日(M) Needle Core Biopsy(針生検)

午後から会社を早退して病院へ行く。
局部麻酔でしこりの部分に針を刺し、細胞を摂取する。
1時間もかからずに終了。
バイオプシーの結果は2-3日で出ると言われた。

麻酔が切れたら少し痛みがあったので、痛み止めの薬を飲んで局部を冷やした。
出血は殆どなかった様子。
次に日にもしこりの部分を押すと痛い程度で他には全く痛みもなく、朝から普通に会社に行った。

数日たったらしこりの周りにアザが出来て、紫と黄色のまだらな色になってちょっとえぐかったけど、アザも確か1週間ほどで自然に消えていった。


8月26日(Th)乳がん告知

バイオプシーの結果は2-3日で連絡が来ると言われていたのに、木曜のお昼を過ぎても何も連絡がなかったので、ウルトラサウンドを受けた時のナースから電話番号をもらっていたので電話をかけてみた。

別のナースに繋がってバイオプシーの結果を待っていることを伝えると、Pathology(病理)に連絡を取って結果が分かり次第すぐに折り返し連絡をくれると言ってくれた。

同僚とプロジェクトの打ち合わせをしてる時に携帯がなり、慌てて席をはずして電話に出た。

ナースから落ち着いた声でバイオプシーの細胞からがん細胞が見つかったと告げられた。


言葉が出なかった。
まさか自分が乳がんになるなんて、信じられなかった。


私の乳がんはInfiltrating Ductal Carcinoma (IDC)というらしい。
日本名は浸潤性乳管癌といって、乳官の中で出来たがん細胞が乳管壁を超えて外まで出てきてしまったタイプで、乳がんでは一番多い種類だそう。

ナースは私の気持ちを気遣ってくれて、ゆっくり丁寧に説明してくれた。
次の日にドクターとのフォローアップのアポが入っていたので、ネットで情報を調べられるサイト等の情報やドクターとのアポで質問すべきポイントなども教えてくれた。

すぐにRに電話をした。
すぐに迎えに行こうか?と言われたけど、まだ仕事が残っていたので、とりあえず同僚とのプロジェクトの打ち合わせを終えたら迎えに来てもらい、その日は黙っていつもより数時間早く退社した。

多分30分以上(もっとかな?)同僚をほったらかしにしてしまったのを謝って、打ち合わせをさっさと切り上げた。
というか、その後どんな話しをしたのかは殆ど覚えてない。

Rがビルに着いたと携帯にメッセージが届いて、慌てて荷物をまとめてオフィスを出た。
車に乗ったとたん、こらえてた涙が出てきて止まらなくなった。


Why me?
悲しいのか怒りなのか、どうしようもない気持ちだった。


以前も病気ではないけど、天と地がひっくり返るような経験をしたことがある。
今までこれ以上悪いことはもう一生のうちでありえないだろうと思ってたけど、どうやら甘かったらしい。(苦笑)

でもその時は「治療」の手段もなく、自分ではどうしようもないような状況だった。
今回はきちんとすぐにでも治療をする手段がある。
それだけでもマシじゃないか・・・って思えるようになった。

家に帰ってから、ナースが教えてくれたサイトを調べたり、病院のサイトにあるビデオなどを夫と2人で見たりして、自分の乳がんについて詳しいことを知るにつれ、少しずつ気持ちが落ち着いていった。

電話で話したナースにも、乳がんは治る癌ですと言われた。

しこりが見つかってすぐにマンモグラフィーを受けに行って良かったと思おう。
次の日のドクターとのアポで治療について詳しい話しを聞いて、どんな治療でもやれることをやって治すしかない。


====================


<ここまで読んでくれた方へ>

ここまで読んでくれてありがとう。

まさか自分がこんな病気になるなんて思ってもいませんでした。

私からのお願いは、40を過ぎた人はきちんと毎年マンモグラフィーの検査を受けて下さい。
早期発見された乳がんは治せる癌です。
私の友人の中にも乳がんを克服したsurvivorsが何人もいます。
私もこれから治療を受けて、その仲間入りをします。

早期発見のため、面倒だと思ってもきちんと検査を受けて下さい。
まだ一度も受けたことがない人は是非担当医にどこで受けられるのか聞いてみて下さい。
私も1年前にドクターにマンモの予約をする電話番号をもらった時にすぐに電話をしていたら、もっと早く見つけることが出来たのかもしれません。

10月はピンクリボンの月です。
これを機会に、ぜひ検査の予約をしてみてください。



2010.11.07 ナースナビゲーター


私がお世話になっている病院で最近始めたプログラムにナースナビゲーターというのがあり、癌を宣告された患者さんにRegistered Nurse (RN)をアサインしてくれる。最初に電話でアンケートの質問に答えて、プログラムに適していると判断された場合、ナースがお世話役のような形で患者の話を聞いてくれたり質問に答えてくれたりするのだ。

癌だと分かって絶望している時にこの電話アンケートを受けて、プログラムに参加する興味があるかどうか聞かれた。
藁にもすがる思いだったので、医療の知識のあるRNが付いてくれるなら心強いと思ったのでその場で参加したいと伝えた。

次の日にはナース(Lさん)から電話がかかってきて、ここまでの経緯などを全て話し、不安に思っていたことなど色々と話を聞いてもらった。

これだけで気持ちがすごく楽になった。

Lさんとは毎週水曜日に約30分電話で話しをする。
自分の中で溜まってる気持ちや不安に思っていることを話すと、分かりやすく説明してくれるし、愚痴も聞いてくれる。
手術が終わってまだ次の治療が始まっていない今でも、週に一回Lさんはきちんと電話をくれる。

こんな病気になったのはアンラッキーだったけど、こんな状況の中で支えてくれる家族や友人、それ以外にも本当に思いやりのあるDrやナースに助けてもらえて、私はラッキーだったと思った。


こういうサービスが日本でもあるのかどうかは分からないけど、体の状態を見てくれるドクターだけじゃなくて、病院が精神的なサポートをしてくれるシステムがあったら、きっと患者にとっても家族にとっても強い心の味方になるんじゃないかな・・・と思う。

病は気からというくらい、精神的な安定はとっても大事なことだとつくづく思った。

2010.11.07 告知後初めてのアポ


8月27日 Surgeon(外科医)とのアポ

癌の宣告を受けてものすごくショックだったけど、ネットで自分の癌の事について色々調べて知識を得ることによって少しだけ不安が解消された気がした。
単に乳がんと言ってもこんなに沢山の種類があるなんて知らなかった。

それでもまだ、自分は癌なんだってコトが頭に浮かぶだけで涙がでた。

ウルトラサウンドを受けた時に、バイオプシーの結果のフォローアップのためのアポを既に取ってあった。
夫と一緒にドクターに会ったら質問したいことを紙に書き出してリストを作った。

そして次の日の午後、外科専門のドクター(surgeon)に会って手術、治療についての話を聞いた。

Dr. Rの話の内容は前夜にネットで調べたりビデオで見た内容とほぼ一致していた。(当たり前だけど・苦笑)
でも準備していたお陰で、聞きたかったことは質問できたし不安だったことが少し解消された。

んで、「先生が手術をしてくださるんですか?」と聞くと、そのドクターR(♂)はあっさりと

「私でも出来ないことはないけど、シアトルにいる乳がん専門のDr. Chao(♀)にお願いしたほうが良いと思うよ。」と言う。

ちょっと拍子抜け。
でもできれば女性のドクターが良いと思っていたのと、その先生は自分の娘が乳がんになってもDr. Chaoにお願いするとまで言ってくれたので、よっぽど信頼があるんだろう。
そこまで言うならDr. Chaoに会って手術をお願いしようと決めた。


手術をする前にその他にも色んな検査をしなきゃいけないから、まずはその手配をしましょうといわれ、その日はもう5pmを過ぎていたので血液検査だけしてそのまま帰宅。

またDr. Chaoとは改めてアポイントを取るようにと言われた。


まだ少し気持ちは動揺しているけど、改めて本当に私はガンなんだ・・・と実感した。

もう、逃げられない。

2010.11.07 検査の一日


8月31日 CTスキャン・骨シンチ

金曜日にDr. Rと会って検査の手配をしてもらったと思ったら、月曜の朝から仕事中に携帯に何度も病院から電話があり、次々と検査の予約が入った。

検査の種類によってそれぞれの部門で別々に予約を取るので、それも同じ病院内であっても全くコーディネートされてない所がアメリカらしい。(苦笑)
なので予約を取るだけでも結構面倒くさい。

この日はCTスキャンと骨シンチだった。

CTスキャンは超デカイ紙コップ2杯分のまず~~~~~い液体を飲むのが辛かった。
テクニシャンの人はミルクシェイクのような味とか何とか言ってたけど、シェイクとは程遠い、液状の糊のような味がするものを1時間以上かけてやっとの思いで飲みきった。

骨スキャンは点滴の管から造影剤を入れたので筒の中でじーっとしてれば良いだけで、大したことはなかった。
かなり長い時間筒の中に入っていたので、途中で昼寝しちゃった。(^^;)

だって朝7時半に病院に来なきゃいけなかったから、いつもより早起きしたし眠くなっちゃったんだもん。
いつでもどこでも寝られるのは私の特技♪

骨スキャンも無事に終了し、長い一日を病院で過ごした。
改めて自分はどえらい病気になっちゃったんだなぁ~と感じた一日だった。

この時点で手術を担当するDr. Chaoとのアポイントは約3週間後の9月半ば過ぎまで取れないと言われていた。
でもそんなに先まで待ってていいの?という不安があった。
その間にどんどんがん細胞が体の中に広がっていっちゃうんじゃないか?と思うと少し怖くなった。

(注)↑ これは後でナースに聞いたら、数ヶ月の間にそんな事にはならないから大丈夫と言われた。(苦笑)

せっかく病院まで出てきてるんだから、外科の受付に行ってもう少し早く予約が取れないかもう1度聞いてみることにした。
そしたら偶然、最初にマンモグラフィーを受けたときの担当のナースの方が偶然その場にいて、話を聞いてくれた。
Dr. Chaoとのアポイントが9月21日まで空いていないと言われた事を話すと、そのナースが直接Dr. Chaoにメールしてアポイントが取れるかどうか聞いてみると言ってくれた。

そして、たとえ仕事とはいえ私に癌の宣告をするはめになり、丁寧に色んな事を説明してくれたナースの方にも直接会うことが出来た。
癌だと知らされた時はものすごくショックだったけど、本当に丁寧な応対をしてくれて私の気持ちをとても気遣ってくれているのが電話からも伝わってきた。
そのナースにも「色々ありがとうございました」と直接お礼を言うことが出来た。

この病気になって、癌にかかわるナースやドクターの思いやりとか気遣いが本当にあり難いと感じる。
特に、改めてナースのお仕事は大変だな~と思った。



2010.11.07 執刀医とのアポ


9月2日 Dr. Chaoに会う

先日ナースがDr. Chaoに直接メールしてもっとアポイントを早く取れるかどうか聞いてみると言ってくれた次の日に病院から連絡があり、予定よりかなり早くDr. Chaoとのアポが取れることになった。

またしてもナースの思いやりに感謝♪

Dr. Chaoは小柄なアジア系アメリカンの話し易い明るい女性のドクターだった。
私の場合はもともと胸が大きいわけでもないし、腫瘍の大きさが2.5cm程あるので温存手術にしても少なくとも右乳房の1/4はなくなってしまうだろうと言われた。

それでも全摘出をするのには抵抗があり、出来ることなら少しでも自分の胸を残したいという気持ちがあった。

まだ他にも検査をしなければいけない事があるんだけど、とりあえず温存手術の予定で日にちだけ確保しておきましょうという事で、手術日を9月22日と決めた。

温存手術なら術後の回復にも時間はかからないし、数日後には仕事へ出る人も沢山いますよと言われてちょっと安心した。

この時はまだ、これなら10月初めに予定しているLAへの旅行もOKかも・・・と企んでいた。(笑)

ナースから手術の手順について話を聞いている時に、Drがまた戻ってきて「先にキモセラピー(抗がん剤)をやって腫瘍を小さくしてから温存手術をする方法もあるけど、興味があるならOncologistを紹介するわよ」と言ってきた。
腫瘍が小さくなれば、温存手術の後でも傷口が少し残る程度で削除する部分もかなり小さく出来るらしい。
大抵の場合、術前に抗がん剤をやると見た目でしこりが小さくなっていくのが分かるし、手術をするときにはがん細胞は死んでいることが殆どらしい。

どのみち抗がん剤をやらなければいけないなら、手術前にやっても術後にやっても生存率などは全く変わらないといわれた。

正直言って、手術よりキモセラピーの方が不安だった。
でも話を聞いてみる価値はあるかもしれないと思ったので、がん治療専門の先生(Oncologist)とのアポを取った。



Profile

ミライ

Author:ミライ
横浜出身
アメリカシアトル在住

■ 2010年8月
42歳で浸潤性乳管がん Stage IIbとの診断を受ける。
タイプ:ER(+) PR(+) HER2(-)

■ 2010年10月
右乳房全摘手術

■ 2010年11月~2011年2月
Chemo Therapy(TC療法)

■ 2011年02月~現在
ホルモン治療中

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