未来を見つめて・・・
42歳で乳がん告知(Stage II-b)。米国シアトル在住のサラリーウーマンが、乳がんと闘う記録。





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2010.11.10 手術前日


10月19日 手術前日

メイン州からお義母さんが来てくれた。
お義母さんはナースなので、術後の世話をすると買って出てくれた。
自分の仕事を休んで、わざわざ東海岸から出てきてくれて、本当にありがたい。
私だけじゃなく、お義母さんが来てくれる事でRもきっとホッとしてるはす。

空港へ迎えにいくのが夜9時半ごろだったので、残業して片付けなきゃいけない仕事を終わらせた。
こんな性格だからこんな病気になっちゃったのかな~と思いつつ。(苦笑)
ネットで色々読んだけど、若くして乳がんになる人には頑張りすぎちゃう人が多いらしい。

今まで突っ走ってきちゃったからね・・・。

7時ごろにRがオフィスにテイクアウトの食事を持ってきてくれて、オフィスでカツどんとカリフォルニアロールの夕食。 (← 食べすぎっ!)

美味かった!

手術の前日に「カツどん」。縁起が良さそう。(^^)
もちろん、夫は「カツどん」=「勝つ」なんて意味も分からずに単に私がカツどんが好きだろうと思って持ってきてくれたんだけど、その偶然がちょっと嬉しかった。

仕事は2週間休みを取って、その後はしばらく家から出来る限りの範囲で仕事をする予定。
久しぶりに毎日ごろごろしてても誰にも文句を言われずに過ごせるのはちょっと嬉しいかも。(苦笑)

無事に義母を空港でピックアップして、家に着いたのは11PM近かった。
病院から手術の前日の夜と当日の朝に特別な消毒剤が含まれているスポンジを使って体を洗ってシャワーを浴びてくださいと言われていたので、寝る前にシャワーを浴びてやっとベッドに入ったのは12時過ぎてたかな。
次の日は6時半には病院に行かなきゃいけないというのに、結局1時ごろまで眠れなかった。


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2010.11.10 右乳房全摘手術


10月20日 いよいよ手術当日

朝は5時前に起きて、昨夜もシャワーを浴びたのにもう一度シャワーを浴びて消毒液の入ったスポンジで体を洗った。
右胸を念入りに洗って、いよいよお別れだな~なんてちょっとしみじみ眺めてしまった。
もともと大きな素敵な形をした乳房じゃなかったけど、今まで42年間自分のものだったのが無くなってしまうんだもんね。
でももう一度しこりに触れたとたん、「けっ。こんなもん取っちまえ~」と諦めがついた気がした。

朝ごはんは食べられないけど、水またはゲータレードのような透明な液体ならチェックインする前の2時間前までなら飲んでもOKと言われていたので、ゲータレードを飲んでから病院へ向かう。

もちろん道路はがらがら。

6時ちょっと過ぎに病院に着いたんだけど、昼間と違って殆どのドアが閉まってて、いつも使っていたエレベーターが使えなかったりして病院内で少し迷ってしまった。(汗)
やっぱり緊張してるのかな?
Rもいつもより落ち着きがない。そりゃ当然か。

やっと手術の受付を見つけて(別の階だった)無事にチェックイン。
大きな部屋にカーテンで仕切りがあって、全部で10人くらいは患者さんがいたかな?
ガウンに着替えて、暖かい毛布をかけてもらい、さらにガウンに温風を吹き込む布団乾燥機の筒のような物を取り付けられると言う優れモノ。
これがと~っても心地よかった。

ナースが点滴をつけてくれて、その後、麻酔の専門医やradiologistなど順番に回ってきて説明を受ける。

医療ミスがないように本人と確認するために、誰かが来るたびに同じ質問をされる。

「あなたの誕生日は?」
「今日はどんな手術をするのですか?」
「手術をするのは右?左?」

Dr.Chaoも様子を見に来てくれ、そっと私のガウンをずらしながら、右乳房の上に緑のペンで「YES]と書いた。

そうそう、麻酔がかかっちゃったら質問には答えられないからね~。
これだけは間違えないで下さいよ!って言ったらドクターも笑ってた。

どうやら私は医療用テープアレルギーのようで、点滴を止めているテープの周りがかゆくなってきた。
そういえばバイオプシーをした後も傷口に張ったテープでかぶれてたっけ。
ナースに言って、テープをはずしガーゼと紙テープで点滴を止めなおしてもらった。
そして「テープアレルギー」と書かれた左手に赤いブレスレットをつけられた。


まずはセンチネルリンパ節の準備

車椅子でRadiologistへ連れて行かれて、局部麻酔をしてから乳首の近くに注射でアイソトープを注入。
麻酔の注射がチクッとしただけで殆ど痛みはなし。
テクニシャンの方が画面を見せながら説明してくれた。

画面に光線が動いていくのが見えてちょっと感動した。
とってもフレンドリーなテクニシャンは部屋の外で待っていた夫と義母も呼んできてくれて、一緒に画面を見せてくれた。
ナースの義母は興奮してた。(笑)

センチネルリンパも無事に見つかり、テクニシャンが私の腋の下に印を付けた。
ドクターも手術中に青い色素を使うって聞いてたけど、この印でドクターが腋のどの辺りを切ったらいいのかという目安にもなるんだって。

また車椅子で大部屋へ連れて行ってもらい、温風ヒーターをガウンにつけてもらいヌクヌクしながら自分の番を待つ。
Rと義母にHugして点滴を自分で持って歩いてオペ室へ向かった。
てっきり車椅子で連れてってくれるのかと思ったよ。
オペ室は眩しいくらいにライトが沢山あった。
自分で手術台に上ったとたん、足に圧縮機を取り付けられた数秒後から麻酔が切れて痛みで目が覚めるまで、全く記憶がない。

手術は3時間ほどで終わり、その後麻酔で2時間半近く眠っていたらしい。
朝早かったし、前夜も寝付けず寝不足だったしね。
目が覚めた瞬間はすごく痛みがあったけど、すぐに痛み止めのモルヒネを点滴してくれたらしく、痛みはすぐに消えた。
でもうとうと麻酔から覚めかけているときに、横に付いているらしきナースが他のナースとぺちゃくちゃおしゃべりしてる声が聞こえた。

「おいおい、おしゃべりしてる場合じゃないだろ~」と言いたかったけど、口聞けず。(苦笑)

やっと目が覚めて家族が待つ部屋に連れて行ってくれた。
Rと義母と友人Tが待っていてくれた。
のどが渇いていたのでリンゴジュースをもらい一気飲みした。
薬をあげるので何か食べてくださいと言われ、出てきたのはブルーベリーマフィンだった。

そうか、ここはアメリカ。
お粥なんて出るわけないよね。

小さいマフィンを2つ持ってきてくれたので、1つだけ食べて1つは持って帰ってきた。(笑)

入院する気がないとナースに伝えると、麻酔から目が覚めて数時間後には「じゃぁ、もう帰りますか?Are you ready?」とまるで追い出されるようにリカバリールームを出て4pm過ぎには帰宅していた。

ナース・ナビゲーターのLさんが夕方病室に来てくれたらしいが、その時にはすでに退院したと聞かされてとビックリしていた。

その後も熱が出たり傷口が化膿してるような症状がみられたらナースに電話してくださいと言うだけで、約10日後にDr.のフォローアップのアポまで通院することもない。


アメリカの病院って本当にぶっきらぼうというか、患者がタフじゃないとやってけないって感じ。


傷口にはガーゼが張ってあるため、まだどんな状態なのかは見られない。
家に帰ってきてから痛み止めの薬を飲んで、やっとゆっくり眠れた。


後からRと義母に聞いた話だと、手術終了後にDr. Chaoが報告に来てくれて、「全て上手くいきました。Text-book PERFECT!(教科書どおりに完璧な手術でしたよ)」と誇らしげに言っていたらしい。

よかった。その言葉を信じよう。


Profile

ミライ

Author:ミライ
横浜出身
アメリカシアトル在住

■ 2010年8月
42歳で浸潤性乳管がん Stage IIbとの診断を受ける。
タイプ:ER(+) PR(+) HER2(-)

■ 2010年10月
右乳房全摘手術

■ 2010年11月~2011年2月
Chemo Therapy(TC療法)

■ 2011年02月~現在
ホルモン治療中

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